【最決令和5年10月6日】1筆の土地の一部についての登記請求権を保全するために当該土地全部について処分禁止の仮処分命令を申し立てることの可否
1筆の土地の一部についての登記請求権を保全するために当該土地全部について処分禁止の仮処分命令を申し立てることの可否
―最決令和5年10月6日(令和5年(許)第9号・裁判所ウェブサイト)※1
はじめに
民事上の権利を強制的に実現させるには、訴訟を提起して判決を得ることが必要となりますが、それでは間に合わないという場合に備えて現状を保全するため、仮差押・仮処分の手続が用意されています。
例えば、不動産登記をしたいが相手方が任意に応じてくれないばかりか、他人に登記名義を移そうとするなど、自分が望む登記の実現が不可能又は著しく困難となるおそれがあるときは、係争物仮処分の手続により処分禁止の仮処分命令を得ることによって、実質的に現状の登記を固定してから、本案の訴訟手続を進めることができます。
近時、最高裁は、登記請求権を保全するための処分禁止の仮処分命令を行うことのできる範囲について、注目すべき判断を示しましたので紹介します。
1.前提
仮処分命令は、その名のとおり、本案判決を待っていては間に合わないという場合に「仮」に下す判断ですから、仮処分によって保全する対象となる権利(被保全権利)が存在すること、被保全権利の実現のために仮処分によって権利の保全をしておかなければならないという具体的事情があること(保全の必要性)が必要となります。
これらの事実は、裁判所に証拠を提出して示さなければなりませんが、本案の訴訟においては十中八九確からしいという程度の確実さで証明することが求められるのに対し、仮処分の場合は一応確からしいという程度の証明(疎明)で足りるとされています。
仮処分は、上記のように証明の程度が粗いもので足りるとされていることに加え、請求の相手方(債務者)に知られてしまっては意味が無くなる場合もあることから債務者の意見を聴かずに発令されるため、誤った判断がなされるおそれも幾分高まってしまいます。
そのため、上記の「保全の必要性」の判断に当たっては、仮処分命令の対象が広すぎないか、相手方への影響がより小さい方法で代替できないかといった点も考慮されます。
2.事案
本件判決の事案を簡略化すると、X(債権者)は、1筆の土地(以下「本件土地」という。)の一部分のみを時効により取得したと主張して、登記名義人であるY(債務者)に対して所有権移転登記手続を求め、その請求権を被保全権利とし、本件土地の全部について、処分禁止の仮処分命令の申立て(以下「本件申立て」という。)等をしたというものです。
なお、登記された1筆の土地の一部のみを対象として取得時効が成立することは判例上認められており、取得時効が成立すれば、時効取得者は登記名義人に対し、時効取得した一部分を分筆して自身への移転登記手続をするよう求めることができるとされています。
Xの申立てに対しては、Xが時効により所有権を取得したのは1筆の土地のうち時効取得した部分のみであり、仮処分命令によって保全する必要があるのは当該部分のみではないか、土地全部について仮処分命令をするのは過剰で、Yの権利を不当に侵害するのではないかという疑念が生じます。
3.原審
実際、原決定は、「1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を有する債権者は、当該一部分についての処分禁止の仮処分命令を得た場合、債務者に代位して分筆の登記の申請を行い、これにより分筆の登記がされた当該一部分について処分禁止の登記がされることによって、当該登記請求権を保全することができるから、当該登記請求権を被保全権利とする当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は、保全の必要性があるとはいえない。」などとして、Xの申立てを却下すべきものと判断しました。
1筆の土地は、そのままではそのうちの一部のみに処分禁止の仮処分の登記をすることはできませんが、時効取得の対象となる部分を分筆すれば可能となります。
そして、Yが分筆登記をしないときは、Xは、債権者代位権という方法により、裁判手続外で分筆登記の申請をすることができるから、まず分筆をしてから対象を限定して仮処分命令を申し立てればそれで十分である、というのが原決定の考え方です。
4.最高裁
これに対し、最高裁は、
「1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を保全するためには、当該一部分について処分禁止の登記をする方法により仮処分の執行がされることで足りるから、当該登記請求権を被保全権利とする当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は、原則として当該一部分を超える部分については保全の必要性を欠くものと解される。」
との原則を示しつつも、以下のように、分筆登記をしないまま、1筆の土地全部に対する仮処分命令を申し立てる余地があることを肯定しました(破棄差戻し)
「もっとも、上記一部分について処分禁止の登記がされるためには、その前提として当該一部分について分筆の登記がされる必要があるところ、上記登記請求権を有する債権者において当該分筆の登記の申請をすることができるか否かは、当該債権者が民事保全手続における密行性や迅速性を損なうことなく不動産登記に関する法令の規定等に従い当該申請に必要な事項としての情報を提供することの障害となる客観的事情があるか否かに左右されるから、当該債権者において当該申請をすることができない又は著しく困難である場合があることも否定できないというべきである。
そして、その場合、上記債権者は、上記一部分について処分禁止の仮処分命令を得たとしても上記登記請求権を保全することができないから、当該登記請求権を保全するためには上記土地の全部について処分禁止の仮処分命令を申し立てるほかないというべきである。
上記の申立てにより仮処分命令がされると、債務者は上記一部分を超えて上記土地についての権利行使を制約されることになるが、その不利益の内容や程度は当該申立てについての決定に当たって別途考慮され、当該債務者において当該権利行使を過度に制約されないと認められるだけの事情がない場合には当該申立ては却下されるべきものと解される。
以上によれば、上記債権者が上記登記請求権を被保全権利として上記土地の全部について処分禁止の仮処分命令の申立てをした場合に、当該債権者において上記分筆の登記の申請をすることができない又は著しく困難であるなどの特段の事情が認められるときは、当該仮処分命令は、当該土地の全部についてのものであることをもって直ちに保全の必要性を欠くものではないと解するのが相当である。」
5.さいごに
事案の詳細は不明ですが、本件では、Xに先行してYが第三者に所有権を移転したり、第三者の権利を設定する旨の登記をしてしまったりすれば、Xが望んでいる所有権移転登記が不可能となったり、抵当権設定登記あるいは何らかの仮登記がなされた状態となってしまったりするなど、時効により完全な所有権を取得したことを登記するという本来の目的の達成に著しい支障が生じることが考えられます。
それを防ぐには、Xは、Yに対する本案訴訟で所有権移転登記手続を請求するのに先立ち、本件土地に処分禁止の登記をしておくことが必要不可欠といえます。
そこで、時効取得の対象範囲のみを分筆して処分禁止の仮処分を申し立てることができればそれが最適であるとは言えますが、分筆登記をするには、土地家屋調査士等に依頼して測量を行い、場合によっては周辺の土地との境界を確定する作業が必要となることも想定され、Yを含む近隣住民の協力が得られるかは不透明であり、必ずしも迅速、円滑に分筆登記を行うことができるとは限りません。
原審の判断はやや形式論に過ぎるきらいがあり、Xにとって酷ではないかと思われます。
この点で、最高裁が、分筆登記の申請をすることが不可能又は著しく困難である場合があることを肯定し、そのような場合には「土地の全部について処分禁止の仮処分命令を申し立てるほかない」とした点は好意的に受け止められます。
他方、最高裁は、XY間の利益衡量に関する事情として、土地の全部について処分禁止の登記がなされる場合のYの「不利益の内容や程度は当該申立てについての決定に当たって別途考慮され、当該債務者において当該権利行使を過度に制約されないと認められるだけの事情がない場合には当該申立ては却下されるべきものと解される」としているところ、Xの代位による分筆登記申請等の困難性とYの不利益は単純に比較衡量の対象となるのか、どの程度の事情があれば「権利行使を過度に制約されない」といえるのか等は残された課題です。
最高裁は、Xが「地積測量図等の分筆の登記の申請に必要な事項としての情報を提供することの障害となる客観的事情があるか否か」を検討し、上記特段の事情の有無、本件登記請求権の存在や内容、相手方らの不利益の内容や程度等について更に審理すべきことを示しているため、これらの点がどのように考慮され、本件土地全部への仮処分命令申立てを認めるか否かがどのように結論付けられるか注目されます。
記載内容は投稿日時点のものとなり、法改正等で内容に変更が生じる場合がございますので予めご了承ください。
元日産CEOカルロス・ゴーン逃亡事件の影響を受けた法改正①
2023年(令和5年)5月17日、保釈等により釈放された被告人の公判廷への出頭確保に関する各制度、犯罪被害者等の個人特定事項の秘匿措置の整備等を内容とした、刑事訴訟法等の一部を改正する法律が公布されました。
改正法は、段階的に施行される予定で、その内容は多岐にわたります。
刑事実務上影響があるポイントについて、2回に分けて、改正法の施行順に解説します。 今回は、2023年(令和5年)施行分まで解説します。
1.公布日(2023年(令和5年)5月17日)施行
◯刑の時効の停止
(刑法33条2項新設)
※ほとんど適用される場面がないので、一般には知られていないのですが、刑の言渡しが確定しても、一定期間執行されない場合は、時効が完成します(刑法32条)。
ただし、判決宣告時に執行猶予が付された場合など、法令によって執行を猶予し、又は執行を停止した期間は、時効が停止するとされています(刑法33条1項)。
これに加えて、今回の改正法によって、刑の言渡しを受けた者が国外にいる期間も、時効が停止することになりました。
※なお、「拘禁刑」については、その施行日(2022年(令和4年)6月17日の公布日から3年以内)までは、従前の「懲役」又は「禁錮」と読み替えることになります。
2.公布から20日経過後(2023年(令和5年)6月6日)施行
1️⃣逃走罪の主体の拡張及び法定刑の引上げ
(刑法97条改正)
※改正前の主体は「裁判の執行により拘禁された既決又は未決の者」とされていましたので、例えば、現行犯逮捕された者が、裁判官発付の勾留状執行前に刑事施設から逃走しても、逃走罪に当たりませんでした。 今回の改正法により、法令に基づいて拘禁された者は全て、逃走すれば逃走罪が成立することになりました。
※また、改正前の法定刑は「1年以下の懲役」でしたので、今回の改正法により、罪が重くなりました。
2️⃣加重逃走罪の主体の拡張
(刑法98条改正)
※改正前の主体は「前条に規定する者又は勾引状の執行を受けた者」とされていました。
今回の改正法により、刑法98条にいう「前条」である刑法97条の主体が拡張され、改正前の刑法98条「勾引状の執行を受けた者」は改正後の同条「前条に規定する者」に含まれることになったので、「勾引状の執行を受けた者」との文言は削除されたものです。
実際は、刑法97条逃走罪の主体が拡張された分、刑法98条加重逃走罪の主体も拡張されることになりました。
3️⃣拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告後における裁量保釈の要件の明確化
(刑事訴訟法344条2項新設)
※裁判所の裁量による保釈を規定した刑事訴訟法90条では、裁判所が保釈を許すには、保釈によって被告人が逃亡・罪証隠滅するおそれと身柄拘束によって被告人が受ける不利益の程度等を利益衡量することとされています。
従来は、この規定に関し、控訴審における特別規定はありませんでした。
しかし、今回の改正法により、第1審において実刑判決が宣告された場合には、その後に裁判所の裁量で保釈を許可するためには、身柄拘束によって被告人が受ける不利益の程度が著しく高い場合でなければならないと新たに規定されました。
その意味で、保釈条件が厳しくなったようにみえます。
もっとも、刑事実務上は、第1審において保釈が許可されていた場合は、控訴審においても保釈が許可される可能性が高いです。
ただし、保釈保証金は第1審のときより増額されることが多いです。
3.公布から6か月(2023年(令和5年)11月17日)以内に施行
1️⃣公判期日への出頭等を確保するための罰則の新設
㋐勾留の執行停止の期間満了後の被告人の不出頭罪
(刑事訴訟法95条の2新設)
※これまでは、被告人が勾留の執行停止期間満了後に決められた場所に出頭しなくても、罪に問われることはありませんでした。
なお、刑事実務上は、逃亡した事実は、これまで、勾留・起訴されている事件の量刑判断において、悪い情状として評価されていました。
しかし、今回の改正法施行後は、不出頭罪が成立することになります。
㋑保釈又は勾留執行停止の許可を受けた被告人の制限住居離脱罪
(刑事訴訟法95条の3新設)
※刑事実務上、保釈や勾留執行停止が許可される際、別途裁判所の許可がなければ3日以上制限住居を離れてはいけないなどという条件が付されることが多いです。
もっとも、これまでは、許可なく制限住居を離脱しても、例えば、裁判所から1週間の旅行許可をもらって、旅行に行って、1週間以上制限住居に戻らなくても、罪に問われることはありませんでした。
しかし、今回の改正法施行後は、制限住居離脱罪が成立することになります。
㋒保釈又は勾留執行停止の取消し後における出頭命令違反の罪
(刑事訴訟法98条の3新設)
保釈又は勾留の執行停止を取り消され、検察官からの出頭を命じられた被告人が、正当な理由がなく、指定された日時及び場所に出頭しないときは、2年以下の拘禁刑に処する。
※これまでは、保釈又は勾留執行停止を取り消された被告人が、検察官から出頭を要請されて出頭しなくても、罪に問われることはありませんでした。
なお、刑事実務上は、逃亡した事実は、これまで、勾留・起訴されている事件の量刑判断において、悪い情状として評価されていました。
しかし、今回の改正法施行後は、出頭命令違反罪が成立することになります。
㋓保釈・勾留執行停止をされた被告人の公判期日への不出頭罪
(刑事訴訟法278条の2新設)
保釈又は勾留の執行停止をされた被告人が、召喚を受け正当な理由がなく公判期日に出頭しないときは、2年以下の拘禁刑に処する。
※これまでは、被告人が保釈又は勾留執行停止によって釈放された後、召喚を受けたにもかかわらず公判期日に出頭しなくても、罪に問われることはありませんでした。
なお、刑事実務上は、逃亡した事実は、これまで、勾留・起訴されている事件の量刑判断において、悪い情状として評価されていました。
しかし、今回の改正法施行後は、不出頭罪が成立することになります。
㋔刑の執行のための呼出しを受けた者の不出頭罪
(刑事訴訟法484条の2新設)
※身柄拘束されずに拘留以上の刑の言渡しを受けた者は、検察官から呼出しを受けて、出頭し、刑の執行を受けることになります(刑事訴訟法484条)。
もっとも、これまでは、検察官からの呼出しの日時場所に出頭しなくても、罪に問われることはありませんでした。
しかし、今回の改正法施行後は、不出頭罪が成立することになります。
2️⃣保釈又は勾留執行停止の許可を受けた被告人に対する裁判所による報告命令制度の創設
(刑事訴訟法95条の4新設)
※これまでは、被告人の保釈や勾留執行停止による釈放に当たって、裁判所が被告人に報告等を命じる制度はありませんでした。
しかし、今回の改正法施行後は、裁判所が報告等の命令を出すことができるようになりました。
また、裁判所は、報告等の命令に対し、被告人から報告があったこと又はなかったこと等を検察官に報告することとされました。
3️⃣保釈又は勾留執行停止の取消し及び保釈保証金の没取に関する規定の整備
(刑事訴訟法96条改正)
※これまでも、保釈又は勾留執行停止の取消し及び保釈保証金の没取の規定はありましたが、今回の改正法施行後は、以下のとおり、その適用範囲が広がります。
・保釈を取り消された者が、検察官の出頭命令を受けても正当な理由がなく出頭しないとき又は逃亡したとき、裁判所は、保釈保証金を没取することができる(3項)。
・拘禁刑以上の実刑判決(一部執行猶予判決を含む。 )の宣告を受けた後、保釈又は勾留執行停止の許可を受けた被告人が逃亡したときは、裁判所は、保釈又は勾留執行停止を取り消さなければならず、保釈保証金も没取しなければならない(4項)(5項)。
・保釈を取り消された者が、検察官の出頭命令を受けても正当な理由がなく出頭しないとき又は逃亡したとき、その者が拘禁刑以上の実刑判決(一部執行猶予判決を含む。)の宣告を受けた者であるときは、裁判所は、保釈保証金を没取しなければならない(6項)。
・保釈された者が、実刑判決(一部執行猶予判決を含む。)の宣告を受けた後、検察官による出頭命令を受け正当な理由がなく出頭しないとき又は逃亡したときは、裁判所は、保釈保証金を没取しなければならない(7項)。
4️⃣控訴審における判決宣告期日への被告人の出頭の義務付け等
㋐控訴審における判決宣告期日への被告人の出頭命令
(刑事訴訟法390条の2新設)
※被告人には控訴審の公判期日への出頭義務はありません(刑事訴訟法390条)。
このため、これまでは、保釈又は勾留の執行停止の許可を得た被告人が、所在不明になってしまい、判決謄本の送達ができない場合や、判決謄本は親族が受け取るなどして送達は終えたものの、刑の執行が困難になってしまう場合等がありました。
しかし、今回の改正法施行により、控訴裁判所は、保釈又は勾留の執行停止の許可を得た被告人に対し、原則として出頭命令を出すものとされました。
㋑控訴審における判決宣告期日に被告人が出頭しない場合の判決言渡し
(刑事訴訟法402条の2新設)
※今回の改正法施行により、控訴裁判所は、保釈又は勾留の執行停止の許可を得た被告人が判決宣告期日に出頭しない場合、原則として判決宣告ができなくなりました。
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イグジットを目指すベンチャー企業が注意すべき点は?ベンチャー企業の株式の保有割合や資本政策の留意点を弁護士が解説
知人と一緒にベンチャー企業を立ち上げて、最終的にはイグジットしたいと考えていますが、株式の保有割合や資本政策に関して留意すべき点はありますか?
1.資本政策について
資本政策とは、会社において、いつ、いくらでどのくらいの株式を発行していくかという、株式等の発行に関する計画のことをいいます。
株主が1人しかいなければ、設立時は創業者が100%保有しますが、後に資金調達の必要性から投資家から出資をうけたり、共同経営に参画したいというパートナーに株式を渡したり等、投資家が増えていくタイミングで、どの程度の株式を渡すか等を検討しなければなりません。
資本政策について、決まったルールはありませんが、株式は会社の運営に参加できる権利であり、株式の保有割合に応じて、会社に対する支配力も変わってきます。
なお、頻繁に資金調達を行い、第三者に対しての増資を繰り返していくと、相対的に創業者の持ち株比率が低下していき支配力が落ちていきます。
これを持株比率の希薄化といいます。
そのため、ベンチャー企業において、シリーズA、シリーズB、シリーズC・・・等と繰り返し資金調達を予定している場合は、最終的な資金調達計画までを見据えて、各段階の出資割合を検討する必要があります。
資本政策を検討する上では、誰にどの程度株を持たせるのかを判断し、会社運営にどの程度関与させるのかや、資金調達のスケジュール等を考慮して決める必要があります。
なお、資本政策を失敗すると、後々、株式を集約化するために苦労する場合もあります。
例えば、会社を将来的にM&Aで売却したいと考えている場合、少数株主が多数存在すると、全株主から同意を得なければスムーズに進まず、その手続きに莫大な時間と労力を費やす場合もあります。
また、M&Aを行わないにしても、少数株主が多数分散していると、株主総会の招集手続き等、株主管理コストの負担が大きくなります。
一度分散してしまった株式は、その管理や回収のためにコストがかかりますので、資本政策は慎重に決める必要があります。
2.共同経営者との起業で注意すべきポイント
共同経営者と起業した場合、対等な権限という趣旨で、50%、50%で株式を割り振っているケースも見受けられますが、これは共同経営者間で意見対立がなければ問題ないですが、方針対立等があった場合は、何も決められなくなってしまいます。
この状態をデットロック状態といいますが、そのようなケースを避けるために、共同経営者と起業したとしても、51%はどちらかがもつように設計されたほうが良いでしょう。 なお、資本政策以外にも、株主間契約、創業者間契約などと呼ばれる契約書を締結して、役員を退任した場合の株式の処理まで合意を締結しておくとより安心でしょう。
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スタートアップ企業におけるエクイティファイナンス とは?
当社は立ち上げたばかりのベンチャー企業です。最終的にはIPOによるエグジットを目指していますが、ひとまず1000万ほど資金調達が必要なので、エンジェル投資家の方から投資を受けようと思っています。
バリュエーションはどのように設定するのでしょうか。
Answer.
バリュエーションとは、企業価値のことをいいます。 スタートアップ企業が投資を受ける際のバリュエーションの計算方法に決まりはなく、将来のエグジット価値を見据えて最終的には投資家と企業側の相対交渉によって決まります。
将来のエグジット価値については、既に上場している同種企業の株価を参考にすることもありますし、資産価値や利益状況を考慮して計算することもあります。
なお、スタートアップ企業は、エグジットまで複数回資金調達(増資)を繰り返すことが多く、資金調達を受けることにより創業株主の持株比率は低下するため、1回の資金調達ラウンドで発行する株式の比率は10~15%以内で検討することが一般的です。
そのため、資金調達額の10倍以上程度はバリュエーションとして確保しておいた方がよいでしょう。
バリュエーションとは
バリュエーションとは、企業価値のことをいいます。
企業価値は、株価×発行済株式総数にて算定するため、時価総額ともいいます。
上場会社では、株価に時価がありますが、未上場会社では、取引相場がないため、どのような価格設定とするかが悩ましいところです。
なお、プレバリュエーションとは、資金調達前のバリュエーションをいい、ポストバリュエーションとは、資金調達後のバリュエーションをいいます。
・ポストバリュエーション:資金調達後の発行済株式総数×1株単価
(=プレバリュエーション+資金調達額)
※上記の発行済株式総数については、顕在株式のみとするのか、潜在株式(=ストックオプション等、将来株式に転換できる権利)まで含めるかに決まりはないですが、投資家は潜在株式を含めて考える場合が多いため、認識のすり合わせをしておく必要があります。
スタートアップ企業のバリュエーション
一般論としては、バリュエーションの算定方法としては、①対象企業が将来生み出す収益を指標として算出する方法(インカムアプローチ)、②対象企業が現在保有する資産と負債を基に算出する方法(コストアプローチ)、③上場している類似業界・企業を基準に算定する方法(マーケット・アプローチ)等があり、これらを組み合わせたりして算定します。
しかし、スタートアップ企業は、そもそもまだ売上がなかったり、サービス内容が固まっていない等、大抵は赤字続きで将来の収益を算定することが難しくインカムアプローチが難しい場合も往々にしてあります。
また、大した資産をもっていないことが通常ですし、類似の業態がない場合もあります。
そのため、企業価値をつけようと思ってもその評価が難しく、上記算定になじまないことも多いです。
最終的には、スタートアップ企業側と投資家側の相対交渉によって決まりますが、投資ラウンドに有名な投資家が加わればバリュエーションが跳ね上がることもあります。
なお、投資家と企業側とでバリュエーションに折り合いがつかない場合は、バリュエーションの算定を先延ばしにできるJ-kissによる資金調達も有効です。
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ステマを行う上での注意点は?ステルスマーケティング規制について弁護士が解説①
私はフォロワー数約1万人のインフルエンサーです。
この度、とある企業様より、自社の化粧水のサンプルを無料で送るので、インスタ(Instagram)で紹介してもらえないか?との依頼がありました。
私としては、無料でサンプルがもらえるので引き受けようと思いますが、何か注意点はありますか?
Answer.
上記依頼に基づくInstagram上の宣伝は、ステルスマーケティングに該当します。
ステルスマーケティングは2023年10月1日より、景品表示法により規制されますので、商品の紹介の際は、【#PR】など、広告宣伝であることを明示するような投稿にすべきでしょう。
1.ステマ規制/ステルスマーケティング規制とは?
近頃よく聞く「ステマ規制」とは、一般消費者に広告・宣伝と気づかれないように行われる広告・宣伝行為(ステルスマーケティング)に関する規制を指します。
これまで、広告の表示内容等を規制する法律である、いわゆる景品表示法(以下「景表法」といいます。)では、優良誤認表示(実際より著しく優良なサービスであると偽って宣伝する表記)や有利誤認表示(実際より著しく有利な取引条件であると偽って宣伝する表記)が規制の対象とされる一方、ステマに関しては、特段規制されておりませんでした。
しかし、今般改正により、2023年10月1日より、景表法5条3号に基づきステマが規制されるようになりました。
景表法5条3号は、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害する恐れがあるとして内国総理大臣が指定する表示を規制対象とする条文ですが、今回、これにステマが該当すると指定された形になります。
なお、内閣総理大臣の告示では、ステマのことを、「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」(令和5年内閣府告示第19号)と定義し、当該表示とは、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示(以下、「事業者の表示」という。)であるにもかかわらず、事業者の表示であることを明らかにしないことなどにより、一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難となる表示である、という解釈を示しています。
また、令和5年3月28日付消費者庁長官決定で「一般消費者が事業者での表示であることを判別することが困難である表示の運用基準」が別途公表されています。(以下「運用基準」といいます。)
消費者庁HP(別紙2 「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」の運用基準):https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/guideline/assets/representation_cms216_230328_03.pdf
1号:優良誤認表示
2号:有利誤認表示
3号:指定告示(一般消費者による自主的
→令和5年内閣府告示第19号=ステマ規制
2.ステマ規制の趣旨
それでは、なぜステマを規制する必要があるのでしょうか?
運用基準によれば、その理由は以下の通りです。
「一般消費者は、事業者の表示であると認識すれば、表示内容にある程度の誇張・誇大が含まれることはあり得ると考え、商品選択の上でそのことを考慮に入れる一方、実際には事業者の表示であるにもかかわらず、第三者の表示であると誤認する場合、その表示内容にある程度の誇張・誇大が含まれることはあり得ると考えないことになり、この点において、一般消費者の商品選択における自主的かつ合理的な選択が阻害されるおそれがある。」
つまり、ステマは、一般消費者が広告案件とは知らず、客観的な第三者の意見・評価として宣伝内容を誤認して商品の購入を選択してしまうおそれがあり、自主的合理的な意思決定を阻害する点で、従前の規制対象である優良誤認表示、有利誤認表示と同等に規制する必要性があるのです。
3.罰則
それでは、ステマ規制を知らずに、PR案件であることを表記しないで宣伝してしまった場合、罰則などはあるのでしょうか?
この点、現在の法制度では、あくまで宣伝を依頼した企業・事業者(広告主)に対して、罰則がある形となっており、実際に宣伝をしたインフルエンサー等は規制の対象になっていません。
しかし、依頼元である企業に対して迷惑をかけてしまうため、広告する側であるインフルエンサーもきちんとステマ規制を理解して商品をPRする必要があります。
※なお、広告主である事業者に対する罰則は以下の通りです。
・措置命令にさらに違反した場合→二年以下の懲役又は三百万円以下の罰金(景表法36条)
記載内容は投稿日時点のものとなり、法改正等で内容に変更が生じる場合がございますので予めご了承ください。
【2024年4月適用】医師の時間外労働規制について②
2024年4月1日より、これまで時間外労働の上限規制の適用が猶予されていた労働者に対して、時間外労働の上限規制が適用されることとなります。
医師は、現在時間外労働の上限規制の適用が猶予されていますが、同日以降、時間外労働の上限規制の適用を受けることとなります。
前回は、医師の時間外労働規制のうち、原則的な取扱い特定労務管理対象機関について説明させていただきました。
前回の記事はこちらから:【2024年4月適用】医師の時間外労働規制について①
今回は、前回の続きとして、特定労務管理対象機関の指定の受け方等について説明させていただきます。
1.特定労務管理対象機関の指定を受けるためには?
特定労務管理対象機関の指定を受けるためには、以下の流れで動いていただくことになります。
来年4月1日よりA水準以外の水準での上限規制の適用を受けるためには、令和5年度中に指定を受けておく必要があります。
②医療機関勤務環境管理センターに評価受審申込を行い、評価を受ける
(※必要書類を受領してから評価通知まで約4ヶ月程度)
③医療機関勤務環境管理センターからの評価を受けた後、評価結果、時短計画と必要書類等を揃えて都道府県に対し、指定申請を行う
特に、②については評価センターが必要書類を受領してから評価通知を出すまでに約4ヶ月程度かかる見込みとされていますので、指定を受けることを検討している医療機関は、速やかに動く必要があります。
なお、指定を受けない医療機関、つまりA水準の医療機関においても、ガイドラインに沿った時短計画を作成している場合は、診療報酬の地域医療体制確保加算の算定要件となるようです。
2.追加的健康確保措置の実施(面接指導・勤務間インターバルなど)について
これまで説明してきた時間外労働の上限規制の他に、全ての医療機関において、時間外・休日労働が月100時間以上となることが見込まれる医師に対して、100時間以上となる「前」に面接指導を実施しなければなりません。
ただし、A水準においては、疲労の蓄積が認められなければ、月の時間外・休日労働が100時間以上となった後遅滞なく実施することも可能となっています。
また、A水準以外の水準の指定を受けている場合、面接指導に加え、①勤務間インターバル(取得ができなかった場合の代償休息)、②連続勤務時間の制限が義務化されます(A水準の場合は努力義務です。)。
①については、始業から24時間以内に9時間、又は46時間以内に18時間の連続した休息時間を確保する必要があります。
なお、C-1水準の場合で、臨床研修における必要性から、指導医の勤務に合わせた24時間の連続勤務時間とする必要がある場合については、始業から48時間以内に24時間の連続した休息時間を確保する必要があります。
この勤務間インターバルの確保を徹底することが原則となりますが、やむを得ない事由により、インターバル中に緊急業務に従事することが容易に想定されます。
この場合は、遅くとも翌月末までにインターバル以外で代償休息を付与する必要があります。
②については、勤務間インターバルに関連するものになりますが、休息時間の確保の観点から、必然的に連続勤務時間の上限が28時間となります。
なお、C-1水準の場合については、連続勤務時間の上限が15時間と、他の水準よりも制限が強化されています。
もっとも、上で述べた24時間の休息時間を確保する場合については、連続勤務の上限が24時間となります。
3.まとめ
前回から2回にわたり、医師の時間外労働規制の概要についてお話させていただきました。
特定労務対象機関の適用が想定されているのは、総合病院、大学病院等がメインだと思いますが、時間外労働の原則的な上限規制及び面接指導については、全ての医療機関で対応する必要があります。
いずれにしても、医師の長時間労働の抑制、ひいては健康の確保という観点から、医療機関としては適切に運用していく必要があろうかと思われます。
記載内容は投稿日時点のものとなり、法改正等で内容に変更が生じる場合がございますので予めご了承ください。
【2024年4月適用】医師の時間外労働規制について①
2024年4月1日より、これまで時間外労働の上限規制の適用が猶予されていた労働者に対して、時間外労働の上限規制が適用されることとなります。
医師は、現在時間外労働の上限規制の適用が猶予されていますが、同日以降、時間外労働の上限規制の適用を受けることとなります。
そこで、今回から2回にわたり、2024年4月1日以降に適用される、医師の時間外労働規制について概要をお話ししたいと思います。
前回はトラック運転者の時間外労働の上限規制の適用について、ご説明しました。こちらもぜひご覧ください。
前回の記事はこちらから:
【2024年4月】改善基準告示の改正(トラック運転者)①
【2024年4月】改善基準告示の改正(トラック運転者)②
1.原則的な取扱いは?
来年4月1日より、医師についても月45時間、1年間360時間(1年単位の変形労働時間制の場合は月42時間、1年間320時間)という時間外労働の上限規制が適用されます。
特別条項付の36協定を締結する場合でも、原則として、時間外労働と法定休日労働の時間数が月100時間未満、かつ年間960時間以内に収める必要があります。
この原則的な上限のことを、「A水準」と呼んでいます。
もっとも、A水準の上限規制をそのまま適用してしまうと、医療現場が十分に機能せず地域の医療提供体制に悪影響を及ぼしかねません。
そこで、勤務先医療機関の特性に応じて都道府県知事より「特定労務管理対象機関の指定」を受けることにより、A水準とは異なる時間外・休日労働の上限時間の適用を受けることができます。
2.特定労務管理対象機関とは?
では、都道府県知事より指定を受けた「特定労務管理対象機関」にはどのような種類があるのでしょうか。
特定労務管理対象機関には、勤務先医療機関の特性に応じて、以下の4種類があり、それぞれ上限規制が緩和されます。
具体的には、以下のとおりです。
機関名 | 年間の時間外労働・休日労働の上限時間 |
---|---|
特定地域医療提供機関(B基準) | 1860時間 |
連携型特定地域医療提供機関(連携B基準) | 1860時間(各院では960時間) |
技能向上集中研修機関(C-1水準) | 1860時間 |
特定高度技能研修機関(C-2水準) | 1860時間 |
※時間外労働・休日労働数が月100時間未満との要件については、各水準ともに適用されますが、適切に面接指導を実施することにより、時間外労働・休日労働の時間数が月100時間以上となっても差し支えないとされています。
注意していただく点としては、以下のとおりです。
②特定労務管理対象機関に指定された場合であっても、それぞれの水準による上限規制の適用を受けるのは、当該医療機関に所属する全ての医師ではなく、指定された理由に対応する業務に従事する医師のみとなります。
③医療機関において、所属する医師に異なる水準を適用させるためには、医療機関はそれぞれの水準についての指定を受ける必要があります。
例えば一つの医療機関において、連携B水準とC-1水準に該当しうる医師が在籍する場合は、連携B水準とC-1水準の指定を受ける必要があります。
3.まとめ
今回は、医師の時間外労働規制のうち、原則的な取扱いと、特定労務対象機関の概要についてお話させていただきました。
次回、特定労務対象機関の指定の受け方、その他医療機関が講ずべき措置についてお話させていただく予定です。
記載内容は投稿日時点のものとなり、法改正等で内容に変更が生じる場合がございますので予めご了承ください。
【2023年7月施行】性犯罪関係の法改正等「不同意性交等罪」「不同意わいせつ罪」
2023年(令和5年)7月13日、性犯罪関係の改正法等が施行されました。
改正法等の内容と、これまでとどう変わったのかを整理しておきます。
1.新しい罪名になった「不同意性交等罪」、「不同意わいせつ罪」とは?
(1)犯罪の成立要件
下記A~Cの条件で、性交等をしたら不同意性交等罪、わいせつな行為をしたら不同意わいせつ罪に当たります。
(2)これまでとの違い
一言でいうと、これまでの強制性交等罪(及び準強制性交等罪)、強制わいせつ罪(及び準強制わいせつ罪)よりも処罰の範囲が広がりました。
〇「暴行又は脅迫」という行為に限られなくなりました。
法改正前は、暴行か脅迫を行った上での性交等やわいせつ行為しか刑法上の性犯罪として処罰されませんでした。
しかし、今回の法改正によって、前記Aの①~⑧の行為又は事由、その他これらに類する行為又は事由、に広げられました。
とはいえ、①の前段は、従前の暴行又は脅迫の要件と同じです。
また、①の後段と②~④は、後に説明するように、従前の準強制性交等罪又は準強制わいせつ罪に該当していた類型を具体化したものと考えてよいと思います。
これに対し、⑤と⑥~⑧の前段は、これまで刑法上の性犯罪としては処罰が困難であった類型、あるいは裁判で鋭く争われてきた類型の行為といえます。
まず、⑤と⑥については、暴行や脅迫に至らない場合が想定されているので、これまでは、処罰が困難であったり、裁判で争われる場面が多かったりしたと思います。
次に、⑦については、虐待が常態化すればするほど暴行や脅迫がなくなっていき、むしろ相手が自発的に応じているかのような心理的反応がみられたりすることから、これまでは、処罰が困難であったり、裁判で争われる場面が多かったりしたと思います。
そして、⑧については、たとえ経済的又は社会的関係上優位な地位にいる者の行為であっても、監護者性交等罪又は監護者わいせつ罪(刑法179条)の「その者を現に監督する者」の要件に当たらず、かつ暴行又は脅迫がなければ、これまでは、処罰が困難であったり、裁判で争われる場面が多かったりしたと思います。
今回、暴行又は脅迫がなくとも、⑤~⑧のような行為等によって、相手に「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ」て、あるいは「その状態にあることに乗じて」性交等やわいせつ行為に及んだのであれば、刑法上の性犯罪として処罰され得ることになりました。
〇行為・事由によって相手をどうさせたかの要件が緩和されました。
法改正前は、昭和24年5月10日の最高裁判決に基づいて、強姦罪の暴行、脅迫は、相手に「抗拒(抵抗すること)を著しく困難ならしめるもの」であったことが必要とされてきたので、実務上、「暴行、脅迫によって相手の反抗を著しく困難とさせたこと」が犯罪の成立要件として取り扱われてきました。
言い換えると、相手が抵抗できたのではないか、(それなのに抵抗しなかったから、同意していたのではないか)ということが争点とされてきたのです。
しかし、今回の法改正によって、前記A①~④前段、⑤、⑥~⑧前段の行為によって、相手に「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ」た場合と緩和されました。
平たく言うと、相手が嫌と思うことすらできない状態、嫌と言ったり伝えたりすることが難しい状態、嫌と言ったり伝えたりできたもののそのとおりになることが難しい状態にさせた場合、という要件に緩和されたのです。
これによって、相手が抵抗できた(のにしなかったから、同意していたのではないか)、と弁解してみても、有効な反論とはならなくなりました。
相手が「同意していた」といえて初めて有効な反論となります。
〇これまで準強制性交等罪、準強制わいせつ罪とされてきた犯罪も罪名が統一され、要件も大きく緩和されました。
法改正前は、相手が「心神喪失」又は「抗拒不能」である状態に乗じるか、そのような状態にさせるかして、性交等をすれば準強制性交等罪、わいせつな行為をすれば準強制わいせつ罪とされていました。
しかし、今回の法改正によって、罪名は不同意性交等罪又は不同意わいせつ罪に一本化されました。
そして、これに伴って、処罰範囲も拡大されました。
つまり、これまで準強制性交等罪、準強制わいせつ罪として処罰されてきた典型的な行為としては、前記Aの②~④前段の行為による性交等やわいせつ行為、あるいは前記Aの①~④後段の状態にあることに乗じた性交等やわいせつ行為といえました。
もっとも、法改正前は、それらの行為によって相手を「心神喪失」又は「抗拒不能」にさせたこと、あるいは、相手が「心神喪失」又は「抗拒不能」の状態にあることに乗じたことが必要でした。
しかし、今回の法改正によって、相手が「同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態にさせ」、あるいは相手に「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にあることに乗じて」ということとされたもので、要件が緩和されました。
また、前記A⑤や、⑥~⑧後段の事由に乗じた行為も、相手に「同意しない意思を形成し、
表明し若しくは全うすることが困難な状態にあることに乗じて」と評価されれば、処罰され得ることになりました。
〇新たな犯罪類型が用意されました。
今回の法改正によって、新たに、前記Bのとおり、「行為がわいせつなものではないと誤信させ」若しくは「行為をする者について人違いをさせ」又は「それらの誤信若しく人違いをしていることに乗じて」性交等やわいせつ行為に及ぶ場合にも性犯罪が成立すると明記されました。
法改正前は、医療従事者が「これは医療行為だから」と誤解させたり、宗教関係者が「これは宗教行為だから」と誤解させたり、スポーツ等の指導者が「これはトレーニングだから」と誤解させたりし、あるいは、暗闇や目隠し状態で「パートナーだろう」と勘違いさせるなどして、性交等やわいせつ行為をしたり、相手がそのような状態にあることが分かりながら、誤解を解かずに性交等やわいせつ行為をした場合、暴行や脅迫がなければ強制性交等罪や強制わいせつ罪の処罰が困難成立は難しいとされてきました。
しかし、今回の法改正によって、そのような場合にも性犯罪が成立すると明記され、性犯罪成立の要件は大きく緩和されました。
〇同意があっても性犯罪が成立する場合の相手の年齢が、16歳未満の者に引き上げられました。
法改正前は、相手が「13歳未満の者」に性交等又はわいせつ行為をすれば、たとえ同意があっても強制性性交等罪又は強制わいせつ罪が成立するとされてきました。
しかし、今回の法改正によって、同意があっても性犯罪が成立する場合の相手の年齢が「16歳未満の者」に引き上げられました。
つまり、これまでと異なり、原則として、15歳以下の者に対し、性交等やわいせつ行為をすれば、たとえ同意があっても、不同意性交等罪又は不同意わいせつ罪が成立することになりました。
ただし、年少者同士の行為を処罰しないために、相手が13歳、14歳、15歳である場合については、行為者が5歳以上年長である場合(相手の誕生日より5年以上前の日に生まれた者)に処罰が限られることとされました。
〇より重く処罰される「性交等」の範囲が広がりました。
法改正前は、「性交等」とは、「性交、肛門性交又は口腔性交」に限られていました。
しかし、今回の法改正によって、「性交等」に、膣や肛門に陰茎以外の身体の一部又は物を挿入するわいせつな行為が含まれることとなりました。
改正前は、「わいせつな行為」として、強制わいせつ罪にしかならなかった行為です。
その結果、前記A~Cの要件の下で、このような行為をすれば、「不同意性交等罪」として、これまでよりも重い刑罰が科されることになりました。
〇配偶者間においても不同意性交等罪、不同意わいせつ罪が成立することが明確化されました。
これまでも、裁判実務において、配偶者間においても性犯罪が成立することが認められてきましたが、法改正によって、それが明確化されました。
2.新設された、16歳未満の者に対する「面会要求等罪」とは?
これまでは、わいせつ目的での16歳未満の子どもに対する面会の要求行為、面会行為や映像送信の要求行為について、強要罪(刑法223条)が成立する場合を除けば、罪に問われる場面は限られていました。
しかし、今回の法改正によって、わいせつ目的での16歳未満の子どもに対する面会の要求行為や面会行為、また16歳未満の子どものわいせつ写真や動画を撮影して送信することの要求行為が新たに処罰されることになりました。
ただし、年少者同士の行為を処罰しないために、相手が13歳、14歳、15歳である場合については、行為者が5歳以上年長である場合(相手の誕生日より5年以上前の日に生まれた者)に処罰が限られることとされました。
以下に概要を示します。
16歳未満の子どもに対して、下記A~Cいずれかの行為をしたら(ただし、相手が13歳以上16歳未満の子どもは、行為者が5歳以上年長である場合に限る。)、16歳未満の者に対する面会要求等罪に当たります。
なお、下記A及びBの結果、実際に性的行為に及んだ場合には不同意性交等罪又は不同意わいせつ罪が、下記Cの結果、実際にわいせつ写真や動画を撮影して送信させた場合は不同意わいせつ罪が、それぞれ成立し得ると解されています。
3.法改正によって実現された性犯罪の公訴時効の延長とは?
今回、刑事訴訟法の改正によって、性犯罪の公訴時効が延長されました。
4.新設された「性的姿態等撮影罪」等とは?
これまでは、性的な姿態等を撮影したとしても、各都道府県の迷惑防止条例や、児童買春等処罰法のひそかに児童ポルノを製造する罪等が成立する場合を除けば、罪に問われる場面は限られていました。
しかし、今回の新法成立によって、性的姿態等を撮影するなどの行為が新たに処罰されることになりました。
以下に概要を示します。
なお、法律の条文上は、他人に見られることが分かっていながら自ら露出している場合等を除く、などという細かい条件が付いていますが、分かりにくくなるので、以下では割愛します。
5.新設された没収規定とは?
新法によって、以下の①や②の複写物の没収も可能となりました。
(※原本は、刑法で没収対象となります。)
①性的姿態等撮影罪又は性的姿態等映像記録罪の犯罪行為により生じた物
②リベンジポルノ法違反の罪の犯罪行為を組成した物等
6.現時点では施行されておらず、今後施行が予定されている規定とは?
①いわゆる司法面接の方式によって聴取された録音録画記録媒体について、刑事裁判における証拠能力の付与(令和5年12月までに施行予定)
②検察官が保管する押収物に記録されている性的画像等について、消去、廃棄、リモートアクセス先の電磁的記録の消去命令(令和6年6月までに施行予定)
7.雑感
今回の法改正等について、巷では、性交渉等の前に同意書面を交わしておかないと処罰される!などのコメントも流れていましたが、決してそういうことではありません。
今回の法改正等は、前回の刑法改正のときにも議論されたけれども積み残しとされた課題について、全会一致で可決に至ったものです。
性交渉等の前に確認する同意は口頭で足ります。 きちんとコミュニケーションをとりましょう。
また、人の性的行為や性的部位等を、こっそり撮影するだけでなく、提供、保管、ライブストリーミングやその映像の記録までも処罰されることになりましたので、留意しましょう。
記載内容は投稿日時点のものとなり、法改正等で内容に変更が生じる場合がございますので予めご了承ください。
【2022年1月改正】電子帳簿保存法と改正の内容について~②
今回は前回に引き続き、電子帳簿保存法の内容について、お話ししたいと思います。
前回の記事はこちらから:【2022年1月改正】電子帳簿保存法と改正の内容について~①
1.電子データの保存方法
電帳法では、電子データで保存する際の要件が定められています。
具体的には、以下の通りです。
- システム概要に関する書類の備え付け
- 見読可能装置の備え付け
- 検索機能の確保
- データの真実性を担保する措置
(1)システム概要に関する書類(データ作成ソフトのマニュアル等)の備え付け・
(2)見読可能装置(データが確認できるディスプレイ・アプリ等)の備え付け
(1)システム概要に関する書類(データ作成ソフトのマニュアル等)の備え付けと、(2)見読可能装置(データが確認できるディスプレイ・アプリ等)の備え付けは、税務職員のみならずその企業自身が電子データを確認するのに欠かせないため、ある意味当然のことと言えるでしょう。
対応する際にネックとなるのは、(3)検索機能の確保と(4)データの真実性を担保する措置です。
(3)検索機能の確保
(3)検索機能の確保は、「取引年月日」「取引金額」「取引先」で検索できる状態にしておかなくてはなりません。
専用ソフトで機能を備える方法のほか、保存するファイル名を「20230731_(株)●●建設_1、500、000」のようにしておくことでフォルダの検索機能が使えるようにしておく方法が最も簡単化と思います。
他にも、一覧表を作成し、ファイルと関係づけて検索できるようにしておく方法等も認められているようです。
(4)データの真実性を担保する措置
(4)データの真実性を担保する措置」については、以下のA~Dのいずれかを行うことが求められます。
B.データに速やかにタイムスタンプを押す
C.データの訂正・削除が記録される又は禁止されたシステムでデータを受け取って保存する
D.不当な訂正削除の防止に関する事務処理規程を整備・運用する
※Aは取引先、Bは自社にタイムスタンプが付与できるシステム導入が必要となるため、ハードルはかなり高いと思われます。
Cについても、システム導入が必要なほか、データの保存だけではなくやりとりもそのシステム内で行う必要があるので同様です。
Dについては、自社で電子データの取り扱いについての規程を、国税庁が公表しているサンプル等を活用して定めておく方法ですが、現実的な方法として、真実性の担保はDの事務処理規程で図っていくことになるでしょう。
2.小規模企業・個人事業主に適した対応策
電子帳簿等保存・スキャナ保存については、保存義務者の選択により紙で保存するかデータで保存するかを決められるため、いままで通りでも構いません。
他方、電子取引データ保存は、2024年1月から対応が必要になるため、準備が必要です。
(3)検索機能の確保については、電子データのファイル名に日付・取引先・金額を付与するか、日付・取引先・金額と電子データを結びつける索引簿を作成することになります。
(4)真実性の担保については、新たにシステムを導入するにはコストがかかるため、「不当な訂正削除の防止に関する事務処理規程」を整備・運用する方法が、最もハードルが低い方法です。
事務処理規程のひな型については、国税庁のホームページからダウンロードすることが可能ですので、これを参考に、自社のやり方(ファイル名の付与または索引簿の作成等)にあわせて規程を作成していく形になるでしょう。
https://nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/jirei/0021006-031.htm
※参考資料(各種規程等のサンプル)|国税庁(https://www.nta.go.jp/)
3.最後に
今回は、電子帳簿保存法の概要について、特に電子取引に着目した内容でした。
改正内容などをご確認いただき、該当されているかもご確認いただけたらと思います。
記載内容は投稿日時点のものとなり、法改正等で内容に変更が生じる場合がございますので予めご了承ください。
【2022年1月改正】電子帳簿保存法と改正の内容について~①
各税法で保存が義務付けられている帳簿・書類を電子データで保存するための電子帳簿保存法という法律をご存知でしょうか。
1998年から施行され、何度か改正されているのですが、2022年1月から施行された改正法が事業者にとって大きな関心事となっています。
そこで、今回から2回にわけて、電子帳簿保存法の内容について、改正内容も交えつつお話ししたいと思います。
1.電子帳簿保存法とは?
電子帳簿保存法(以下「電帳法」といいます。)とは、各税法において保存が義務付けられている帳簿や書類を、電子データで保存するためのルールを定めた法律をいいます。
1998年から施行されましたが、時代の流れに合わせて何度か改正されてきました。
2022年1月から施行された改正電帳法ですが、大きな話題となった理由の1つは、「電子取引」に関するデータ保存の義務化が盛り込まれたことです。
2.電帳法の概略
電帳法の主な保存区分は、(1)電子帳簿等保存、(2)スキャナ保存、(3)電子取引データ保存の3種類に分けられます。
以下それぞれを見て行きましょう。
(1)電子帳簿等保存 電子帳簿保存とは、「電子的に作成した帳簿・書類をデータのまま保存」することをいいます。
自分が会計ソフト等で作成した帳簿や決算関係書類などを、「電子データのままで保存」することを指します。
(2)スキャナ保存 スキャナ保存とは、「紙で受領・作成した書類を画像データで保存」することを言います。
相手から受け取った請求書や領収書などを、スキャニングして保存することを指します。
(3)電子取引データ保存 電子取引データ保存とは、「電子的に授受した取引情報をデータで保存」することをいいます。
領収書や請求書といったように、紙でやりとりしていた場合にはその紙を保存しなければならない内容をデータでやりとりした場合には「電子取引」に該当し、そのデータを保存しなければならないというものです。
この点、ネット通販なら必ずデータ保存が必要というわけではなく、あくまで領収書などを紙ではなくデータで受け取った場合等だけが対象なので注意が必要です。
これまで電子データを出力した紙で保存しても良かったのですが、今後はオリジナルの電子データの状態で保存しておく必要があります。
但し、経過措置として、2023年12月末まで2年間に行われた電子取引については従来どおりプリントアウトして保存しておくことが認められています。
これは、中小企業、特に個人事業者等の経理処理において、準備期間が短いことから対応が難しいといった背景があったため認められたとされています。
3.まとめ
出典:中小企業庁「ミラサポplus」(https://mirasapo-plus.go.jp/hint/17457/ )
次回は引き続き、電子データの保存方法などを見て行きます。
記載内容は投稿日時点のものとなり、法改正等で内容に変更が生じる場合がございますので予めご了承ください。