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【最決令和5年10月6日】1筆の土地の一部についての登記請求権を保全するために当該土地全部について処分禁止の仮処分命令を申し立てることの可否

2023.12.01

1筆の土地の一部についての登記請求権を保全するために当該土地全部について処分禁止の仮処分命令を申し立てることの可否

―最決令和5年10月6日(令和5年(許)第9号・裁判所ウェブサイト)※1

※1 判事事項:1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を有する債権者において当該一部分について分筆の登記の申請をすることができない又は著しく困難であるなどの特段の事情があるときは、当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は直ちに保全の必要性を欠くものではない。

はじめに

民事上の権利を強制的に実現させるには、訴訟を提起して判決を得ることが必要となりますが、それでは間に合わないという場合に備えて現状を保全するため、仮差押・仮処分の手続が用意されています。

例えば、不動産登記をしたいが相手方が任意に応じてくれないばかりか、他人に登記名義を移そうとするなど、自分が望む登記の実現が不可能又は著しく困難となるおそれがあるときは、係争物仮処分の手続により処分禁止の仮処分命令を得ることによって、実質的に現状の登記を固定してから、本案の訴訟手続を進めることができます。

近時、最高裁は、登記請求権を保全するための処分禁止の仮処分命令を行うことのできる範囲について、注目すべき判断を示しましたので紹介します。

1.前提

仮処分命令は、その名のとおり、本案判決を待っていては間に合わないという場合に「仮」に下す判断ですから、仮処分によって保全する対象となる権利(被保全権利)が存在すること、被保全権利の実現のために仮処分によって権利の保全をしておかなければならないという具体的事情があること(保全の必要性)が必要となります。
これらの事実は、裁判所に証拠を提出して示さなければなりませんが、本案の訴訟においては十中八九確からしいという程度の確実さで証明することが求められるのに対し、仮処分の場合は一応確からしいという程度の証明(疎明)で足りるとされています。

仮処分は、上記のように証明の程度が粗いもので足りるとされていることに加え、請求の相手方(債務者)に知られてしまっては意味が無くなる場合もあることから債務者の意見を聴かずに発令されるため、誤った判断がなされるおそれも幾分高まってしまいます。
そのため、上記の「保全の必要性」の判断に当たっては、仮処分命令の対象が広すぎないか、相手方への影響がより小さい方法で代替できないかといった点も考慮されます。

2.事案

本件判決の事案を簡略化すると、X(債権者)は、1筆の土地(以下「本件土地」という。)の一部分のみを時効により取得したと主張して、登記名義人であるY(債務者)に対して所有権移転登記手続を求め、その請求権を被保全権利とし、本件土地の全部について、処分禁止の仮処分命令の申立て(以下「本件申立て」という。)等をしたというものです。

なお、登記された1筆の土地の一部のみを対象として取得時効が成立することは判例上認められており、取得時効が成立すれば、時効取得者は登記名義人に対し、時効取得した一部分を分筆して自身への移転登記手続をするよう求めることができるとされています。

Xの申立てに対しては、Xが時効により所有権を取得したのは1筆の土地のうち時効取得した部分のみであり、仮処分命令によって保全する必要があるのは当該部分のみではないか、土地全部について仮処分命令をするのは過剰で、Yの権利を不当に侵害するのではないかという疑念が生じます。

3.原審

実際、原決定は、「1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を有する債権者は、当該一部分についての処分禁止の仮処分命令を得た場合、債務者に代位して分筆の登記の申請を行い、これにより分筆の登記がされた当該一部分について処分禁止の登記がされることによって、当該登記請求権を保全することができるから、当該登記請求権を被保全権利とする当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は、保全の必要性があるとはいえない。」などとして、Xの申立てを却下すべきものと判断しました。

1筆の土地は、そのままではそのうちの一部のみに処分禁止の仮処分の登記をすることはできませんが、時効取得の対象となる部分を分筆すれば可能となります。
そして、Yが分筆登記をしないときは、Xは、債権者代位権という方法により、裁判手続外で分筆登記の申請をすることができるから、まず分筆をしてから対象を限定して仮処分命令を申し立てればそれで十分である、というのが原決定の考え方です。

4.最高裁

これに対し、最高裁は、
「1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を保全するためには、当該一部分について処分禁止の登記をする方法により仮処分の執行がされることで足りるから、当該登記請求権を被保全権利とする当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は、原則として当該一部分を超える部分については保全の必要性を欠くものと解される。」
との原則を示しつつも、以下のように、分筆登記をしないまま、1筆の土地全部に対する仮処分命令を申し立てる余地があることを肯定しました(破棄差戻し)

「もっとも、上記一部分について処分禁止の登記がされるためには、その前提として当該一部分について分筆の登記がされる必要があるところ、上記登記請求権を有する債権者において当該分筆の登記の申請をすることができるか否かは、当該債権者が民事保全手続における密行性や迅速性を損なうことなく不動産登記に関する法令の規定等に従い当該申請に必要な事項としての情報を提供することの障害となる客観的事情があるか否かに左右されるから、当該債権者において当該申請をすることができない又は著しく困難である場合があることも否定できないというべきである。
そして、その場合、上記債権者は、上記一部分について処分禁止の仮処分命令を得たとしても上記登記請求権を保全することができないから、当該登記請求権を保全するためには上記土地の全部について処分禁止の仮処分命令を申し立てるほかないというべきである。

上記の申立てにより仮処分命令がされると、債務者は上記一部分を超えて上記土地についての権利行使を制約されることになるが、その不利益の内容や程度は当該申立てについての決定に当たって別途考慮され、当該債務者において当該権利行使を過度に制約されないと認められるだけの事情がない場合には当該申立ては却下されるべきものと解される。

以上によれば、上記債権者が上記登記請求権を被保全権利として上記土地の全部について処分禁止の仮処分命令の申立てをした場合に、当該債権者において上記分筆の登記の申請をすることができない又は著しく困難であるなどの特段の事情が認められるときは、当該仮処分命令は、当該土地の全部についてのものであることをもって直ちに保全の必要性を欠くものではないと解するのが相当である。

5.さいごに

事案の詳細は不明ですが、本件では、Xに先行してYが第三者に所有権を移転したり、第三者の権利を設定する旨の登記をしてしまったりすれば、Xが望んでいる所有権移転登記が不可能となったり、抵当権設定登記あるいは何らかの仮登記がなされた状態となってしまったりするなど、時効により完全な所有権を取得したことを登記するという本来の目的の達成に著しい支障が生じることが考えられます。
それを防ぐには、Xは、Yに対する本案訴訟で所有権移転登記手続を請求するのに先立ち、本件土地に処分禁止の登記をしておくことが必要不可欠といえます。

そこで、時効取得の対象範囲のみを分筆して処分禁止の仮処分を申し立てることができればそれが最適であるとは言えますが、分筆登記をするには、土地家屋調査士等に依頼して測量を行い、場合によっては周辺の土地との境界を確定する作業が必要となることも想定され、Yを含む近隣住民の協力が得られるかは不透明であり、必ずしも迅速、円滑に分筆登記を行うことができるとは限りません。
原審の判断はやや形式論に過ぎるきらいがあり、Xにとって酷ではないかと思われます。

この点で、最高裁が、分筆登記の申請をすることが不可能又は著しく困難である場合があることを肯定し、そのような場合には「土地の全部について処分禁止の仮処分命令を申し立てるほかない」とした点は好意的に受け止められます。

他方、最高裁は、XY間の利益衡量に関する事情として、土地の全部について処分禁止の登記がなされる場合のYの「不利益の内容や程度は当該申立てについての決定に当たって別途考慮され、当該債務者において当該権利行使を過度に制約されないと認められるだけの事情がない場合には当該申立ては却下されるべきものと解される」としているところ、Xの代位による分筆登記申請等の困難性とYの不利益は単純に比較衡量の対象となるのか、どの程度の事情があれば「権利行使を過度に制約されない」といえるのか等は残された課題です。

最高裁は、Xが「地積測量図等の分筆の登記の申請に必要な事項としての情報を提供することの障害となる客観的事情があるか否か」を検討し、上記特段の事情の有無、本件登記請求権の存在や内容、相手方らの不利益の内容や程度等について更に審理すべきことを示しているため、これらの点がどのように考慮され、本件土地全部への仮処分命令申立てを認めるか否かがどのように結論付けられるか注目されます。

 

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