Komoda Law Office News

2021.12.20

給与と損害賠償金の相殺の可否

法律に関するコラムをKOMODA LAW OFFICEの弁護士が執筆します

質問
当社営業部の従業員Aは、社用車を運転して外回り営業をする際に居眠り運転をし、道端の建物に衝突する事故を起こし(以下「本件事故」といいます。)、して社用車を大破させてしまいました。
幸い怪我人は出なかったのですが、当社は、建物の所有者に対する修繕費用相当の賠償金50万円と社用車の修理代30万円を負担せざるを得ませんでした(※自動車保険、賠償責任保険等は利用しなかったものとする。)。
当社としては、Aの不注意で生じた本件事故によって、上記賠償金と社用車の修理代の合計80万円の損害を被っていますので、Aに対しこれらの損害の賠償を求めたいと考えています。そこで、毎月の給与から天引きする形で支払わせたいのですが、このようなことは可能でしょうか。

回答

1.退職金債権との相殺の可否

⑴賃金全額払の原則
二者間で相互に相対立する金銭債権を有する場合は、通常であれば、一方から他方に対する意思表示(相殺権の行使)によって、両債権を対当額(等しい額)で相殺し、消滅させることができます。
もっとも、原則として、給与(賃金)は、その全額を現金で労働者に支払わなければならず、使用者側が一方的にその一部を控除することは許されません(労働基準法24条1項本文)。
そのため、労働者が使用者に対し、故意又は過失によって損害を被らせたとしても、使用者側からの一方的意思表示によって、労働者に対する債務不履行(民法415条)又は不法行為(同法709条)に基づく損害賠償請求権と、労働者の使用者に対する賃金債権を相殺することはできないこととされています (債務不履行事案につき、最判昭和31年11月2日民集10巻11号1413頁。不法行為事案につき、最大判昭和36年5月31日民集15巻5号1482頁)。

⑵合意による相殺
もっとも、判例によれば、賃金債権の放棄の意思表示が労働者の自由な意思に基づくことが明白な場合は、労働者がした賃金債権を放棄する旨の意思表示は有効と判断されています(最判昭和48年1月19日民集27巻1号27頁)。

また、使用者が労働者の同意を得て相殺により賃金を控除した事案に関し、「労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」は、当該同意による相殺は労働基準法24条1項に反しないとの判断も見られます(最判平成2年11月26日民集44巻8号1085頁)。

したがって、労働者が自己の使用者に対する賃金債権と損害賠償債務とを相殺し、両債権を消滅させるとの意思表示をし、使用者との間で合意に達した場合は、当該意思表示(相殺への同意)が「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」といえるのであれば、賃金債権と損害賠償債権を相殺することも許されるものと考えられます。

⑶小括
上記のことから、貴社が一方的にAの給与から損害賠償金相当額を天引きすることは許されませんが、貴社とAとの間で協議を行い、相殺合意を交わすことができれば、給与から損害賠償金相当額を天引きすることも、労働基準法24条1項に反せず許される余地があります。
もっとも、そのためには、上記相殺合意がAの「自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」といえることが必要となります。

給与と損害賠償金の相殺の可否

2.相殺合意の有効性

⑴基本的観点
Aとの間で給与天引きを内容とする相殺合意を交わすことができるとして、当該合意が「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」(以下、単に「合理的理由の存在」といいます。)といえるためには、どのような事情が必要となるのか、以下検討します。
判例上、合理的理由の存在の判断基準は必ずしも明らかではありませんが、一般に、使用者と労働者との間には一定の力関係(従属・支配関係、指揮命令関係)が存することを踏まえると、単に相殺合意を交わしたというだけでなく、当該相殺合意の内容が労働者側にもメリットがあるか、あるいは労働者の側も相殺に期待しているといい得る事情があるかどうかがポイントとなるでしょう。
具体的には、例えば以下のような観点から、合理的理由の存在が認められるかを判断することとなるもの考えられます。

⑵事故原因・責任
まず、Aとしては、本来的に自身が貴社に対する損害賠償責任を負うのでなければ、そもそも給与との相殺に応じる理由も利点も無いため、本件事故の主要な原因がAの過失にあるといえることが必要となるものと考えられます。
本件においては、Aの居眠り運転が主要な原因となって本件事故が発生したと考えられるため、この点はクリアできそうです。
もっとも、仮に本件事故当時、Aが貴社の都合で長時間労働を続けており、過労の状態にあったというような事情があれば、Aの居眠り運転は貴社に起因する事情であり、Aは貴社に対する損害賠償責任を負わないとの判断もあり得ます。
そのような場合には、Aが貴社との間での相殺合意に応じる理由、利点は乏しいため、形式上は相殺合意が成立したとしても、合理的理由の存在は認められず、無効となる可能性があるでしょう。

⑶相殺の額
労働者の過失により使用者が損害(あるいは、第三者に対する損害賠償義務(使用者責任。民法715条1項)。)を被ったとしても、使用者は労働者を使用して利益を上げていることから、信義則上、必ずしも当該損害全額の賠償を求めることはできないとされます(最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁等。なお、割合的には、労働者に請求できるのは、使用者が被った全損害のうちの2分の1~4分の1程度とされることが多いとされます。)。

そのため、本件事故の原因、態様等にもよりますが、相殺合意による天引きの総額が、本件事故により貴社が被った損害の大半を占め、その額もAの月給の額と比して高額に上るようであれば、Aには貴社に対して負うべき賠償義務の額を上回る額の負担が課されているとの疑いがあり、やはり合理的理由の存在は認め難いものと考えられます。

⑷月給に対する天引きの割合
民法510条、民事執行法152条1項2号の解釈上、給与の額の4分の3は差押が禁止されており、(一方的意思表示としての)相殺に供することはできないとされています。
そのため、本来相殺権を行使できない、給与の4分の1を超える額について相殺を可能とする旨の相殺合意を交わしたような場合は、当該合意は労働者側にとって不利であり、労働基準法24条1項の潜脱の疑いもあることから、合理的理由の存在を疑わせる事情となります。

⑸両当事者の関係を清算できるか否か
Aが貴社に対し損害賠償義務を負う場合には、Aとしては、貴社に対する損害賠償義務を現実に履行するよりも、相殺によって貴社との債権債務関係を清算するという期待を有することも合理的といえます。

そのため、相殺合意によって、自身が負う損害賠償責任を一挙に解決(清算)することができるのであれば、Aには相殺合意をする合理的な動機があるものといえます。

他方、相殺合意による天引きが損害賠償額の一部に止まり、残額については別途協議を行うといった形であれば、Aにとっては、どの程度の損害賠償責任を履行しなければならないのかという不安定な地位が継続することとなり、そのような中間的な合意をすることには必ずしも合理性があるとはいえませんから、合理的理由の存在が認められるかは疑わしいものといわざるを得ません。

このような点から考えれば、相殺合意の内容として、貴社はAに対し、当該合意で定めた相殺(天引き)の額以上の損害賠償金の支払は求めないことを意味する清算条項(本件事故に関し、当該合意で定めたものの他には債権債務が無いことを確認する、といった条項。)を設けるなどしておけば、Aの地位の不安定化は避けられ、一回的解決が叶うことから、Aの側にもメリットがあるものということができ、これによって合理的理由の存在が基礎づけられると考えられます。

最後に

以上のとおり、貴社は、Aとの間で協議を行った上で、上記2の内容を踏まえた相殺合意を交わすことができた場合には、Aの給与から天引きする形で損害賠償金を支払わせることも可能と考えられます。
なお、相殺合意を締結する際には、口頭の合意のみによるのではなく、合意した事実及び内容、ひいては前記合理的理由の存在を立証し得るようにするため、書面(合意書)を作成し、Aに確認させて記名押印をもらうようにしておかれるべきでしょう。

 

 

弁護士久富達也執 筆
KOMODA LAW OFFICE 弁護士
久富 達也 TATSUYA HISATOMI
座右の銘は「不知為不知。是知也。」(知らざるを知らずと為す。これ知るなり。出展:論語・為政)
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